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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)970号 判決 1964年6月24日

理由

伊藤嘉幸が個人として受取つたか控訴人の代表取締役としての資格において受取つたかの点は別として、原、当審での控訴人代表者本人尋問の結果(原審一ないし三回)によれば、伊藤嘉幸は昭和三三年三月五日頃訴外太陽毛織株式会社から被控訴人主張の如き約束手形を受取つたことが認められる。

控訴人は、控訴人としては被控訴人主張の手形を受取つたことはないと主張し、前記控訴人代表者本人尋問の結果中には、伊藤嘉幸は控訴人の代表取締役であつたが、控訴人に関係なく個人として太陽毛織株式会社に洋服生地の買受方申込み代金前渡金五〇万円の領収証代りに伊藤嘉幸個人として本件手形を受取つた旨の供述が存在するけれども右供述は甲一号証(表面部分の成立は右本人尋問の結果により推認される)の受取人が控訴人となつている事実と原審証人亀田美江子の証言に照らし採用し難く、却つて右証拠を綜合すると、伊藤嘉幸は控訴人の代表者として本件手形の交付を受けたものと認めるのが相当である。

控訴人は、伊藤嘉幸は控訴人を代表して本件手形の裏書をなす権限を有しなかつたものであるから、同人が控訴人の代表者としてなした裏書は無効であり、従つて控訴人の裏書の事実は存しないと主張し、被控訴人は右主張は自白の取消に該るから異議があると申立てるけれども、控訴人の右主張は控訴人代表者が甲一号証の裏面第一裏書欄に現に存するが如き記載をなしたことを否認するものではなく、右記載が権限なくしてなされたため法律上無効であることを主張するに至つたのに過ぎないものであるから、自白の取消には該当しない。そこで控訴人の主張について考えると、太陽毛織株式会社に対する註文主が伊藤個人であることが認められず、控訴人が本件手形を受取つたものと認むべきこと前記認定の如くであり、また手形行為の如く金銭取引の手段たる行為は当然会社代表者の権限内に在るものと推認すべきものであるから、伊藤に控訴人を代表して本件手形の裏書をなす権限がなかつたものとは認められず、従つて同人が控訴人の代表者としてなした裏書は控訴人の裏書として有効である。

控訴人は、控訴人は本件手形を流通におく意思をもつて裏書をなしたものではないと主張するけれども、控訴人が本件手形を振出人たる太陽毛織株式会社に返還するため、これに裏書をなし、西窪仁一郎に交付したことは控訴人の自ら主張するところであり、右事実からみても、控訴人が本件手形を流通におく意思をもつて裏書をなしたものではないといい得ないことが明らであるから、控訴人の主張は採用しない。

控訴人はまた控訴人のなした裏書は日付並びに被裏書人の記載がないので無効であると主張するけれども、裏書は単に裏書人の署名のみをもつてこれをなすことを得ることは手形法一三条(同法七七条により約束手形に準用)の規定するところであるから、控訴人のなした裏書に日付及び被裏書人の記載がないとしても、いわゆる白地式裏書として有効なること勿論である。

更に控訴人は本件手形は裏書の連続を欠くと主張するけれども、本件手形は受取人たる控訴人が有効な第一裏書をなしたことは前記のとおりであり、控訴人の白地式裏書に次いで、高橋利安の白地式裏書のあること甲一号証の裏面裏書欄の記載によつて明らかであり、白地式裏書により手形を取得したる者は更に白地式裏書によりこれを他に譲渡し得べく、この場合には裏書の連続あるものとみなされることは同法一四条二項二号、一六条一項(同法七七条により約束手形に準用される)の規定するところであるから、本件手形の裏書の連続に欠くるところはない。

以上のとおり控訴人裏書部分の成立を認め得る甲一号証、第三者作成に係り当裁判所が真正に成立したものと認める甲一号証添付の附箋を綜合すると、被控訴人は控訴人及び高橋利安の各白地式裏書のある被控訴人主張の手形の正当な所持人であること、控訴人は前記白地式裏書をなすに際し、拒絶証書作成義務を免除したこと、被控訴人は満期に適法な支払呈示をなしたが、支払を拒絶されたことが認められる。

控訴人は、西窪仁一郎は本件手形を保管中訴外山口某と賭博をなし、賭金の担保として右手形を山口に交付譲渡し、爾後右手形は輾転して被控訴人の手中に入つたものであるが、被控訴人は手形取得の際、山口の手形取得の事情につき悪意であり、少なくとも過失があると主張するけれども、仮りに山口が控訴人主張のような事情によつて本件手形を取得したとしても、被控訴人が本件手形を取得する際これらの事情を知つていたこと、あるいはこれを知らないことについて過失のある事実を認むべき証拠がないから控訴人の主張は採用できない。

すると控訴人は被控訴人に対し本件手形金五七五、〇〇〇円及びこれに対する満期の翌日である昭和三三年六月六日から支済払まで手形法所定の年六分の割合による法定利息を支払う義務があり、これを訴求する被控訴人の本訴請求は正当である。従つて被控訴人の請求を認容した原判決もまた正当であるから、本件控訴を棄却すべきものである。

また原判決は被控訴人の仮執行の宣言を付すべき旨の申立を却下したけれども、本件においてこれを却下すべき理由がないから、原判決主文第一項には仮執行の宣言を付すべきであつて、本件附帯控訴は理由がある。

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